【福田淳の対談闊歩】田原総一朗 前編 「三流局の役割がある」と反骨貫いたテレ東時代 世の中変えたいと「朝生」誕生

福田淳・内外タイムス客員編集長がさまざまなジャンルの一流著名人と自由闊達に意見を交わす「福田淳の対談闊歩」がスタート。第1回の対談相手は、ジャーナリストでテレビディレクターの田原総一朗氏が登場。ジャーナリストとしての原点、もうすぐ40周年を迎える「朝まで生テレビ!」を始めたきっかけ、そして昨年10月、高市早苗首相に関する問題発言で終了となった「激論!クロスファイヤ」(BS朝日)について語った。「ノー」と言い続ける91歳、舌鋒鋭く世相を斬る。

福田 対談の記念すべき第1回にご登場いただき、ありがとうございます。

田原 とても有名な内外タイムスに呼ばれて光栄の至りです。ありがとうございます。内外タイムスの読者はどういうネタを好みますか?

福田 エンターテイメント、いわゆる娯楽系の閲覧者が比較的多いですね。今後、内外タイムスとしてこれまで以上に政治や経済について重点的にやっていこうと思っており、田原さんにご出演をお願いしました。

田原 政治、経済っていうのはつまり「この国はどうなるのか?」っていうこと。いいことですね。

福田 実は僕、1987年に「朝生」(「朝まで生テレビ!」、現在はBS朝日で放送中)がスタートした時、初回から数回アルバイトでアシスタントディレクターをやっていたんです。

田原 へえ、そうだったんですか?

福田 当時大学生で、前日に番組スタッフから「明日までに早稲田と慶応の学生を50人ずつ集めろ」って言われて。放送自体は深夜に始まって朝の5時頃まで終わりませんでした。バイト代は現金3000円。プラス、マックのハンバーガー1個だったのを覚えています。

田原 それはそれは、どうもありがとうございました。

福田 あれからもう40年たつんですね。今も「朝生」は続けてらっしゃいますが、そもそも番組を始めるきっかけは何だったんですか?

田原 僕はね、当時はどちらかというと反体制だった。政府の言うことに「ノー」と言い返す。だけど、僕自身は反体制をあまり気に入らなかった。安易だと思ったから。それで政府の言うことに「ノー」と言う人間と、「イエス」と言う人間の討論がしたいと思った。これが番組の原点、スタートです。

福田 今はスポンサーのことも考えて番組内容、発言について気を遣わなければいけない時代ですよね。当時、局側はよくそんな過激な番組を作ることにOKを出しましたね。

田原 僕が「やる!」って言ったからね。当時はね、テレビ局もスポンサーも時代を変えたいと思いながら番組を作っていた。今テレビ業界が振るわないのは「時代を変えたい」と思っている人間がいないから。むしろ「時代に乗りたい」という感じになってしまっている。
「朝生」がこれだけ長く続いているのは現実をきちんと捉えているからであって、現実の「イエス」「ノー」両方の視点を取り入れている。僕はジャーナリストだから、政府側の要人とも反体制の著名人とも親しい。両サイドに親しい人がいるからこそ、平等な視点できちんとした判断ができるということです。

福田 アメリカだとCNNやFOXなどテレビ局によって旗色が違ったりするわけですが、田原さんのように何も縛られず自由に発言できるジャーナリストって少なくなりましたよね。

田原 それはね、今の時代がスキャンダルに厳しいからですよ。ジャーナリストという職業は、弱みを握られた相手にどうしても忖度(そんたく)が働く。だけど、僕は金で物事の判断をしたことはない。つまり、人からお金をもらって自分の意見を変えたことはこれまで一度もない。これだけは人に自慢できることだと思う。

高市首相に関する発言で「激論!クロスファイア」が突然の打ち切り

撮影・内外タイムス

福田 なるほど。だから田原さんのフェアネスが保たれているんですね。そもそも田原さんご自身はテレビ東京のディレクター出身ですよね。

田原 テレビ東京というのは“三流局”。だけど、僕は三流局のディレクターであることを誇りに思った。一流のテレビ局の人間が言っていること、やっていることに僕は「ノー」と言い続けていた。

福田 常に「ノー」と言えるポジションを持っていたわけですね。じゃあ仕事はやりやすかったですか? 局の幹部と意見がぶつかって嫌な思いをしたことは?

田原 仕事はやりやすかったですね。むしろ局の幹部はとても同情してくれた。だから僕は「三流局には三流局の役割がある」といって仕事に邁進していましたよ。

福田 そういうふうに言われたらテレビ局の幹部も自信がつきますね。でも、テレビ東京は今はもう三流から二流、一流になろうとしていますよ。

田原 三流だったからこそ僕はやりやすかった。だって一流、二流だったらこの国をどうしたらいいのか分からないもの。

福田 そうですね、権力に対して忖度した番組を作ってしまうでしょうね。田原さんの原点が分かった気がします。政治についてもお聞きしたい。歴代総理に比べて高市首相は主義、主張がはっきりしていて、とても高い支持率を維持し続けていますね。

田原 僕は全然はっきりしていないと思っていて、高市さんは世の中に受けそうなことだけをやろうとしている。突然の(衆議院)解散で、なぜ解散するのかよく分からない。大義名分がない、争点がない選挙。争点を作りたくないからいきなり“ドーン”と解散したんですよ。高市さんは今、解散する方が得だと思ったんでしょうね。

福田 高市首相とは昔から面識があると思いますが、国会議員になる前の高市さんと「朝生」で議論が白熱しすぎて、もめたという話も聞いたことがあるんですが。

田原 もめることは面白いじゃない。そんなに親しいわけではないけれど、討論はしょっちゅうやっていますよ。

福田 (内外タイムス)編集部から質問があるみたいです。

編集部 昨年10月放送の「激論!クロスファイア」で、高市首相に対する田原さんの発言が問題となり、番組を降板されました。番組終了の際、局側から説明はあったのでしょうか?

田原 降板じゃない、打ち切りだよ。そうですね、(番組は)続いてないですね。でもまた新しい番組が生まれればいいんだから。
(後編に続く。1月30日18時公開予定)

撮影・内外タイムス

《プロフィール》
田原総一朗(たはら・そういちろう)1934年滋賀県生まれ。 60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。 64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。 77年にフリーとなる。「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系)、「激論!クロスファイア」(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。著書に「日本の戦争」(小学館)、「塀の上を走れ 田原総一朗自伝」(講談社)、「誰もが書かなかった日本の戦争」(ポプラ社)、「全身シャーナリスト」(集英社新書)、「最後の世代」(三省堂)など。

内外タイムス公式YouTubeより

高校時代の田原総一朗氏

高校時代に執筆した物語「憧れの甲子園」。挿絵も田原氏が描いたものだ

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