元東大教授、ソープランド接待を正当化する「性感染症の研究契約」と家族ぐるみの完全黙秘【裁判傍聴記】

令和8年2月2日、13時。東京地方裁判所532号法廷の扉はまだ閉ざされている。

廊下に響くのは、硬質なヒールがリノリウムを叩く音と、時折通り過ぎる裁判所職員の私語だけだ。13時30分の開廷を前に、一人の女性が列を作る。やがて書記官が内側から解錠する金属音が鋭く鳴り、重い扉が開かれる。机を1メートルほど引きずる鈍い音が、これから始まる公判の即物性を予告していた。

13時23分。法廷内の空気が微かに淀む。

腰縄と手錠を解かれた男がすでに入廷している。佐藤伸一。東京大学大学院医学系研究科教授であり、東大病院副院長という、この国の医学界の頂点に君臨していたはずの男である。

しかし、そこに「権威」の名刺は存在しない。彼が身にまとっているのは、刑務官から配給されたであろう、サイズ感の曖昧な灰色のスウェット上下のみである。茶色の人工皮革の長椅子に腰を下ろした彼は、両手を膝の上で重ねていた。左手の親指が、右手の親指の上で、まるで自律した別の生き物のように不規則に震えている。貧乏ゆすりとも、強迫的なリズムともつかないその微細な運動だけが、彼の内面に渦巻く焦燥を雄弁に物語っていた。

この日の担当は小川一希裁判官(刑事14部勾留係)。通常、東京地裁では勾留決定を下した裁判官と、その理由を開示する裁判官は異なるのが通例だが、本件は同一人物が担当するという極めて稀なケースとなった。この偶然性が、法廷に一種異様な緊張感をもたらしている。

露見した「性感染検査に係る業務症契約書」

「氏名は何と言いますか?」

裁判官の問いに対し、佐藤被疑者が口を開く。

「佐藤伸一です」

その声は、驚くほど高音だった。灰色のスウェットという記号によって剥ぎ取られたはずの「元教授」としての自意識が、その甲高い声色にだけ残存している。彼は小さな眼をさらに細め、黒目をわずかに傍聴席へと走らせた。その視線は、誰かを探しているようでもあり、誰からも見られたくないようでもあった。

そして、小川裁判官の口から、本件の核心となる「勾留の理由」が淡々と、しかし卑俗な具体性をもって読み上げられる。被疑事実は、一般社団法人日本化粧品協会が設置した「臨床カンナビノイド学社会連携講座」を巡る収賄だ 。令和6年3月から翌年8月にかけ、計28回、銀座のクラブ「レイカ」などで約183万円相当の接待を受けたとされる 。

この質疑において特筆すべきは、裁判官が汚職の核心となる「便宜」の射程を明確に定義した点にある。裁判官は、収賄の対価となる「有利かつ便宜な取り計らい」とは、単なる契約締結にとどまらず、講座の設置から研究内容の選定、そして実施の進行に至るまで、講座運営のプロセス全体が含まれると明言したのである。アカデミズムの根幹に関わる全工程が、汚職の対象として認定された瞬間だった。

だが、法廷を支配したのはその厳格な定義ではない。そこで明かされた、あまりにも稚拙で、それゆえに悪質な「工作」の事実である。

「性感染症検査に係る業務契約書」および「アンケート結果の分析書類」のねつ造 。

耳を疑うような文言が法廷を支配する。佐藤被疑者は1月24日の逮捕直前、贈賄側であるソープランド経営者らと結託し、あろうことかソープランドでの接待を「性感染症に関する研究業務」であったかのように偽装していたのだ 。バックデート(日付の遡及)を行ってまで作成された偽の契約書 。元東大教授という知性が、「性欲の処理」を「学術」に変換しようとした、あまりに滑稽なあがきであった。

ソープランドでの遊興を「研究」と言い張るために、偽のデータをでっち上げる。この事実は、彼がもはや倫理的な一線を越えているだけでなく、研究者としての「知」をも自己保身のために蹂躙(じゅうりん)したことを意味している。

昭和57年東大入試英語が予言した「希望と不安」

さらに法廷で明らかになったのは、佐藤被疑者の徹底した「黙秘」である。逮捕以降、彼は一言も発していない 。驚くべきことに、その沈黙は彼の妻、家族にまで及んでいる 。捜査機関の任意の聴取をすべて拒絶する「家族ぐるみの完全黙秘」。裁判官は「個人的には妻は(隠ぺいの共謀者に)当てはまらない」としつつも、親族を介した接触のリスク自体は否定しなかった 。

この徹底した沈黙の裏には、弁護側の強烈な対抗論理が存在する。弁護人は、今回の逮捕・勾留が新たな証拠隠滅の事実に基づくものではなく、単に被疑者が1月20日の聴取で初めて黙秘権を行使したことへの「報復」であり、違法な身柄拘束であると主張している 。1月20日までは在宅捜査が続いていたにもかかわらず、黙秘に転じた直後の24日に逮捕されたことは、捜査機関の焦りを示唆しているというのだ 。その沈黙は、法的な防御権の行使であると同時に、社会に対する完全な拒絶のようにも映る。

ふと、ある記憶が蘇る。

佐藤伸一被疑者は昭和38年生まれ。彼が仮に現役で東京大学に合格していたとすれば、それは昭和57年(1982年)のことだ。 その年の東大入試英語において、極めて象徴的な「要約問題」が出題されている。テーマは「人生の希望と絶望」。

《希望も不安も、実際に起きてみれば何とか切り抜けられる。しかし、希望が叶えられても喜びは束の間だ。最善の道は中道(The best path lies in the middle course)にある。危険を備えつつ、前向きに生きよ》

若き日の佐藤伸一は、この英文を読み解き、東大の門をくぐったはずだ。あるいは、この問いに一度は跳ね返され、浪人という時間を経て骨身に刻み込んだのかもしれない。いずれにせよ、彼は「中庸(Middle Course)」こそが最善であると、答案用紙に記したはずだ。

しかし、現在の彼はどうだ。

ソープランド接待という「快楽(希望)」と、発覚への「不安」の間で、彼は「中道」ではなく「偽造」という極北を選んだ。そして今、家族と共に貝のように口を閉ざし、灰色の官製スウェットに身を包んで、「不安」が通り過ぎるのをただ待っている。

昭和57年の出題文にある通り、嵐が過ぎ去った後、「前と同じ姿の自分」がそこにいると信じているのだろうか。いや、法廷の被告席に座る彼は、もはやかつての彼ではない。

剥き出しになった「一回性」の敗北

法廷の最後、弁護人が「勾留の準抗告(裁判官決定への不服申し立て)」を行うと宣言した 。佐藤被疑者は弁護人の言葉にこっくりこっくりとうなずいた。手続きは終了した。

その姿は、かつての東大教授の威厳など微塵(みじん)も感じさせない、ただの初老の男のそれだった。

本件の本質は、賄賂の金額ではない。

逮捕直前に、慌てて「性感染症の研究契約」をねつ造したという、その浅ましい「プロセス」にこそある。彼が積み上げてきたキャリアを一瞬で「無」に帰す、取り返しのつかない一回性の敗北である。

13時40分。閉ざされた扉の向こうで被告席に座る灰色の背中は、我々にこう問いかけているようだった。

「知性とは、結局のところ、欲望を隠ぺいするための道具に過ぎなかったのか」と。

文/吉田朔三 内外タイムス

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