レターパックから入手した個人情報で女性を脅迫…耳に障害を持つ郵便局員の犯行動機【裁判傍聴記】
2025年11月21日、法廷に現れた甲斐信彦被告(仮名・39歳)は、小柄でスリムな体形だった。伸ばした前髪を真ん中で分けて、耳が隠れる髪型。紅潮した顔で、かなり緊張しているように見えた。
前回留保していた起訴内容について「間違っているところはありません」と。聞こえづらいのか、両手を左耳に当てて前かがみで裁判官の言葉を聞いていた。
甲斐被告は東京都大田区の郵便局でレターパックの仕分けや配達などを担当していた期間雇用社員。郵便物の仕分け中に、記載された差出人の住所、名前、電話番号などを携帯電話で撮影した。
そして行為はエスカレートしていく。差出人の女性に電話をして脅迫したり、待ち合わせを強要したとして、脅迫罪と郵便法違反で起訴された。
二十代女性に電話をかけて、相手の住所や氏名を告げる。そして「あなたのことを監視している。盗撮した動画をYouTubeにアップする。止めてほしければ駅に来てほしい」などと脅した。
甲斐被告は、犯行動機を供述していた。
「女性と会話してみたい。話すきっかけが欲しかった。4、5年前から100人以上の女性にかけた。差出人の個人情報を撮影するのが習慣化していた」と。
甲斐被告のスマホからは、200以上の郵便物を撮影した画像が見つかったという。「相手が困惑して怖がる様子が楽しかった。性的な興奮を覚えた」とも。
今回の行為は個人情報を扱う郵便局員として、とうてい許されない。郵便の信用にもかかわる犯罪だ。情報を知る人間からストーカー的行為をされたら、被害者は防ぎようがない。
見ず知らずの男性からいきなり電話があり、「監視している」と告げられて、脅される。その不安と恐怖はどれほどだったのだろうか。
法廷で、女性被害者3人の心情が紹介された。どの被害者も、行動や生活を監視されていた不安と恐怖を訴えている。
Aさん「犯人に後をつけられていないか心配になり、どこへも行けなくなった。その後、引っ越した。厳重に罰してほしい」
Bさん「自分の職場宛てにレターパックを使った。本当に怖い思いをしました」
Cさん「少しでもあやしい(動きの)男性を見ると、犯人じゃないかと不安になる。処罰を受けて反省してほしい」
この日、甲斐被告の実母が証人として証言台に立った。背中が丸まった後ろ姿は、とても年老いて憔悴しているように感じた。
弁護士側の証人を情状証人という。刑事裁判では、主に刑罰を軽くするために証言するケースが多い。被告人が反省している様子や更生の可能性、今後の監督体制について証言する。
甲斐被告の母は弁護側の質問に答える形で証言した。消え入るような涙声で、聞き取れない言葉も多かった。
――被告人は耳が不自由だったと。
「両耳がない状態で生まれてきて、1歳の時から補聴器をしています。それがないとまったく聞こえず、コミュニケーションが取れません」
――郵便局での仕事に就いたのは?
「高校の同級生の誘いで、郵便局員として配達の仕事を」
――犯行を聞いた時は?
「驚きました、ショックで。面会した時、息子は泣きながら『申し訳ないことをしてしまった』と。息子は障害があり、女性とのコミュニケーションが難しかった」
――女性が恐がる声を聞いて性的欲求を満たしていたと言ってますが。
「女性の声が聞きたかったのでは」
――被害者の方に対しては?
「大変申し訳ないと思っています」
甲斐被告は母親と顔を合わせられないのか、ずっと下を向いていた。かなり動揺している様子で、顔をあげたとき、目には涙があふれていた。
弁護士は、甲斐被告が反省していることを強調した。
「被害者や元職場に対する謝罪はもちろん、社会的影響に対する反省の謝罪文を書いている。前科がなく、すでに郵便局を懲戒解雇されるなど、社会的制裁を受けている」と。
2025年12月11日、判決当日――。
判決は懲役2年執行猶予4年。裁判官は判決理由を説明した。
「2つの罪(脅迫罪と郵便法違反)を3件ずつ認定しました。レターパックの情報を撮影して、3人に電話して脅迫。郵便に対する信頼を失わせた。個人情報を扱うものとして許されない犯罪。しかし母親が法廷に立ち、今後の監督を約束した。すでに郵便局を解雇されるなど、社会的制裁を受けている。前科がない。やや長めの執行猶予期間を設定しました」
裁判官は甲斐被告の耳の障害については、ひと言も触れなかった。
当然だろう。耳の障害と今回の犯罪を結びつけて判決を出すことは考えられない。
甲斐被告は左耳に手を当てて、裁判官の言葉に聞き入っていた。何度も「はい」とうなずきながら食い入るように判決理由を聞いていた。
判決当日、傍聴席の端で、体をかがめて甲斐被告の姿を見つめている女性がいた。そこは被告人席から一番近い席で、女性は甲斐被告の母親だった。短期間で、前回見たときよりもずいぶん老けてしまったようにも感じられた。
執行猶予つき判決が下っても、その表情が緩むことはなかった。母親はどんな気持ちで息子の姿を見つめていたのだろうか。
甲斐被告の犯行によって、多くの被害者が不安で恐ろしい思いをした。その心労は経験した本人しか実感できないだろう。
しかし憔悴(しょうすい)しきった母親の姿を目にして、新たな思いも湧き上がってきた。甲斐被告が傷つけてしまったのは、被害者だけではなかったのだと――。
文/青山泰 内外タイムス