【内外タイムスと私】徹底した情報管理で世間を驚かせた宮沢りえのヘアヌード広告

俳優の福山雅治(56)と大泉洋(52)が全盲のFBI捜査官と日本の刑事役としてバディーを組み、難事件に挑む公開中の映画「ラストマンーFIRST LOVE」。その中で姉妹の妹役として、かなりトリッキーな役を演じているのが、俳優の宮沢りえ(52)だ。

若い頃から常に、というわけではないが、おおむね陽のあたる芸能界を歩き続け、今も演技巧者として存在感を放ち続けている俳優。

芸能マスコミが一斉に注視することになったのは、1987年のテレビCM「三井のリハウス」の初代リハウスガールだった。1973年4月生まれだから、当時14歳。中学生だった。翌年には映画「ぼくらの七日間戦争」に主演し、宮沢りえの存在感を、世の中の津々浦々に決定づけた。

それから4年後のことだ。人気絶頂の18歳。日本中を驚きに包み込んだ、とてつもない一撃を宮沢りえとその周囲は放ったのだ。

季節は秋、確か日曜日の朝のことだった。

当時、全国紙を宅配購読していた私は、ゆっくり起床した後、リビングの床に座り、フローリングに新聞を広げ読み始めた。何気なくめくる。一面、社会面、読者投稿欄も目を通し、ふむふむとうなずく。読者投稿欄に目を通す習慣は、今も続けている。そういえば脚本家の橋田壽賀子さんが、せりふを書く際の参考になるからと、読者投稿欄に目を通していた。今なら、SNSの書き込みといったところか。当時はまだ、スマホはない。

話を戻す。新聞をめくっていた私の目に飛び込んで来たのが衝撃の全面広告。宮沢りえのヘアヌード写真集「Santa Fe」(朝日出版社)のそれだった。

宮沢りえのヌード、を確かに予見させる写真が、そこにはあった。以来、発売日に向け、芸能マスコミは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

事前情報は漏れていなかった。敏腕の芸能記者も、情報を一切持ち得ていなかった(新聞広告掲載後、同業者に会うたびに確認したが、みな一様に「知らなかった」と証言していた)。

一体、何なのだ!脳が、今の言葉でいえば、バグった。

人気絶頂の18歳。映画やドラマで脱ぐのではなく、写真集で脱ぐ。しかも、ヘアヌード。

芸能界の新しい扉が開かれた瞬間だった。以降、世の中は、ヘアヌードの百花繚乱(ひゃっかりょうらん)となり、脱がせ屋なる肩書きのヘアヌードプロデューサーが跋扈(ばっこ)するようになった。

写真集の発売は1991年11月で、新聞広告が掲載されたのがひと月前の10月13日。

凄すぎると感心したのは、情報管理だ。新聞広告が出るまでには、デザイナーやコピーライター、新聞社の営業など、多くの人の目に触れることとなる。当時、取材したところ、朝日新聞と読売新聞には、全面広告のスペースの確保だけを広告代理店経由で申し出、広告原稿は広告掲載日の前日、ギリギリに持ち込んだと聞いた。そのようにして情報漏洩を防いだのだ。

スマホもSNSもない時代だから成立したのかもしれない。最近は、人気漫画をネットで違法公開する“早バレ”で逮捕者が出ている始末。印刷や流通の過程で、不届きものが漏洩させているとみられる。

時代が成立させた、宮沢りえの宣伝戦略だったが、「Santa Fe」以上に情報管理が徹底された広告案件が、芸能界にはあった。

当事者は歌手の郷ひろみ(70、当時は42)。

1998年4月9日、二谷友里恵さんとの離婚を発表すると同時に、その経緯を著書「ダディ」(幻冬舎)として、郷は出版した。朝刊の一面広告に、「離婚する理由」云々というコピーが掲載され、芸能マスコミが右往左往することになった。

すでに世の中には、インターネットが普及し始めていた時代。情報を知れば、誰もが情報発信できる下地はできていた。

そんなさなかに、書籍で離婚を発表するという、意表を突くというか、前時代的なというか、非デジタルな手法を、郷ひろみとその周囲はまんまと成功させてみせたのである。

時代時代に、世の中をびっくりさせる仕掛け人はいる。それが芸能界の面白さでもある。

文/渡邉寧久 内外タイムス

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