63歳男性刺殺事件、3人の子を持つ中学教師は負債を抱え、当日の退勤時刻を偽装していた【裁判傍聴記】

2026年1月28日、東京高裁での判決当日――。

被告人席に座った尾本幸祐被告(39歳)は、落ち着いた様子でゆっくりと傍聴席を見渡した。身を乗り出したり、自身の斜め後ろ側の席もチェックして、目を細めて見る時も。知り合いを探しているようにも思えた。

これまで10回の公判を傍聴しているが、いつものルーティンだ。

前髪を少し前に垂らして黒縁メガネをかけている。顔は少し紅潮していたが、11カ月前の一審判決時とほとんど印象が変わらない。拘置所生活で、憔悴した様子に変貌する被告人も多いのだが。

現場に血のついたマスク

この裁判は、現役の中学教師が犯した殺人事件として大きな注目を集めた。

2023年2月24日、尾本被告は東京都江戸川区の家に侵入し、帰宅したAさん(63歳)を刺殺したとして、殺人罪と住居侵入罪で起訴された。弁護側は「犯行時間には自宅にいて、トレーニングしたり、食事をしていた」と主張した。

検察側は現場で見つかったマスク、室内の土足跡、防犯カメラ映像、スマホのアプリ記録などを証拠として提示した。

現場に残されていたマスクのフィルターには唾液と血液が付着していて、DNA型が尾本被告のものと一致した。室内には足跡が多数あり、尾本被告のスニーカーと一致。尾本被告は、事件前に被害者宅を二度訪問したと証言している。中学校からの帰宅途中に被害者から声をかけられて、荷物運びを手伝ったと。

「玄関で待っていたら2階から何かが落ちてきて、私の鼻と口に当たって、マスクが血で汚れた。ティッシュを持ってきてもらって、血をぬぐった。『処分しとくから』と言われ、血のついたマスクを渡しました。マスクは、(事件当日)何らかの理由で、被害者の近くにあったのかと」

しかし一審の裁判員裁判では、その主張は認められなかった。

「階段に座っていたら、何かが当たって鼻血が出たというのは不自然、不合理。被害者がマスクを捨てずに保管していたことはあり得ない。取ってつけたような弁解」

防犯カメラに映っていた歩様が酷似

犯行当時、現場周辺の防犯カメラに映っていた9人のうち、8人については調査済み。8人全員が家の前を通り過ぎただけで、時間的に被害者宅には立ち寄っていない。

残る1人が犯人と思われる。専門家は『歩様(歩くときの姿勢、動作、歩幅など)が尾本被告と酷似している』と証言した。

犯行時間前後は自宅にいたとする弁護側の主張に対して、検察側は尾本被告のスマホの記録を提示した。

それはヘルスケアという万歩計の役割をするアプリ。ジャイロメーター(角度変化測定器)や気圧計が内蔵されていて、歩数、距離、上昇した階数などが記録される。元々iPhoneに入っているアプリで、自分で起動しなくても作動する。

事件前後の2時間、ヘルスケアのデータでは12000歩以上進んでいて、移動距離は9.26㎞もある。自宅内でそれだけ歩くのは難しい。その場で足踏みしたり、スマホを振ったりしても計測されないからだ。10歩以上、7~8m動いて初めてデータが記録される、という。

スマホが正常に作動していることは確認済み。「その時間だけ誤作動することは考えられない」とし、弁護側の主張を「客観証拠と矛盾する」と退けた。

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