王朝交代や王政廃止も…世界の王室史を俯瞰する 日本皇室の特異性とは

天皇皇后両陛下や皇族方が地方行事や国際親善の場に積極的に臨まれていることがしばしば報じられる。とりわけ、愛子内親王が成年皇族として公的行事への出席を重ね、落ち着いた姿で国民と向き合う様子は、多くの人々に新鮮な印象を与えた。

また、新年一般参賀や天皇誕生日の一般参賀では、世代を問わず多くの国民が皇居を訪れ、「象徴」としての皇室が今も社会の中で静かに息づいていることを実感させる場面となっている。こうした最近の動きは、日本の皇室が伝統を守りながら、現代社会との関わりを模索し続けていることを示している。

世界に目を向けると、王室や王朝の歴史は実に多様だ。王朝の交代や革命、外敵による征服などを経て、姿を変えながら続いてきた国がほとんどである。その中で、日本の皇室のように「王朝が一度も交代していない」とされる例は極めて稀だと言える。

日本の皇室は、初代天皇を神武天皇とし、紀元前660年に即位したと伝えられている。現在の天皇は第126代の徳仁天皇であり、この長い系譜の中で王朝交代がなかったという点が大きな特徴だ。いわゆる「万世一系」という考え方は、史実と神話が重なり合う形で語られてきたが、少なくとも天皇という地位と皇統が連続してきたという意識は、日本社会の根幹を成してきた。

現代では、日本国憲法のもとで天皇は政治的権限を持たない「象徴」とされており、皇室制度は国家のあり方そのものを体現する存在となっている。2600年以上続いているとされる王家が現在も存続している点は、世界的に見ても特異だ。

一方、イギリス王室は長い歴史を持ちながらも、王朝交代を何度も経験してきた。1066年のノルマン・コンクエスト以降、プランタジネット朝、テューダー朝、ステュアート朝などを経て、現在はウィンザー朝が続いている。現在の国王はチャールズ3世で、王権は象徴的なものにとどまり、実際の政治は議会が担う立憲君主制が確立されている。王朝は変わっても「王室」という制度そのものを柔軟に存続させてきた点が、イギリスの特徴だ。

フランスは、かつてはカペー朝をはじめとする王朝が長く続いたが、1789年のフランス革命によって王政そのものが否定された。ルイ16世の処刑は、王権神授説に基づく王政の終焉を象徴する出来事だった。その後、ナポレオン帝政などを経るものの、現在は完全な共和制国家であり、王室制度は存在しない。

ドイツやロシア、中国も同様に、王朝交代や革命を繰り返してきた歴史を持つ。ドイツでは第一次世界大戦後に王政が廃止され、ロシアではロマノフ朝が革命によって断絶した。中国では、夏王朝に始まるとされる古代から、清朝に至るまで数多くの王朝が交代してきたが、1912年に最後の王朝が滅び、現在は共和制国家となっている。

こうして比較してみると、「王朝の交代がある」というのが世界ではむしろ一般的だと分かる。内乱、婚姻、征服、革命といった出来事を通じて、王家や支配者が入れ替わることは歴史の常であった。

一方、日本では天皇が天照大神の子孫とされる神話的系譜を背景に、政治的実権を持つ時代から象徴的存在へと役割を変えながらも、皇統そのものは維持されてきた。この「変わらない系譜」と「変わる役割」の組み合わせこそが、日本の皇室の大きな特徴だと言える。

現代において、多くの王室は政治権力の中心ではなく、国民統合や文化的象徴としての役割を担っている。歴史や宗教、政治体制の違いによって王室の形は国ごとに異なるが、日本の皇室はその中でも特に独自性の強い存在であり、今後もそのあり方が静かに注目され続けていくだろう。

文/志水優 内外タイムス

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